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2011年2月24日木曜日

狩猟犬



静岡に行った時、狩猟犬にも会った。
狩猟犬は肉食のせいか、くちゃいくちゃいでした。めちゃくちゃかわいかったけど。

ところで、狩猟でかってきたキジやらカモはどうなるんだろうか?
食べるのかな?剥製でも作るのかな?フライでも巻くのかな?

農耕民族(サイバイマン)の自分には狩猟民族気持ちはあまり分からなかったです‥












2010年4月13日火曜日

小さな感動


雨の都会を歩いてたら、色のついた雨粒が落ちてた。
思わずしゃがんでしまった。


2010年3月9日火曜日

人間の作るものは泥だんご


「土から始まるのものづくり」ということで、制作を続けています。
この漠然としたテーマでものをしているということで、

ちょっとここで土の話でも…


ぼくは人間と自然について考えることがある。
たとえば、この土の写真は自然物であるか、人工物であるか?



この泥だんごは土という自然物であるが、それと同時に人間の手で固めた人工物である。どちらでもあるってこと。
今でこそ人間と自然は対比されるものであるが、もともと人間と自然はあやふやに混じり合っている関係であって、この二つはもっともっと曖昧な位置関係にあるのではないかと思う。
その二つに境界線を引いてしまっているのは、一方的に人間の方でであり、人間は自然と自分を隔離することで、安心したかったのだと思う。



まぁ、なにが言いたいかっていうと、コンクリートのかたまりである高層ビルも泥だんごも同じようなもので、人工的に見える世界も、以外と自然物に近いところがある気がするということ。
そのような目線で世界を見つめると意外と今の世界も自然と繋がっているんだなと思う。
何の変哲も無い日々から人間と自然との関わりを見つけるとなんだかうれしくなる。
僕のものづくりは、そんな小さな感動を作品にしながら、人間と自然が仲直りの方法を模索する日々の中からでるアカみたいなものなのかもしれない。




↑↑↑↑↑
あと、うえの写真は、ぼくが小学校に入るまえ、オーストラリアで作った泥だんご。20年以上前の泥だんごです。笑